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奇抜なデザインは、リスクと引き換え① [住宅]

事務所、わたくし自身が、低層木造構造設計をしているので、他社様の案件の相談を頂きます。
他社様でも、構造に関して考えている方、はたまた、お施主様の希望をできるだけ反映したいとご無理される方、さまざまいらっしゃいます。


構造にご自身で詰められている方やプレカット図まで依頼している方は、結構、実際の構造設計に反映しやすい状況でもありますが、それでも完ぺきではありません。

このブログでの「奇抜なデザインは、リスクと引き換え」において、よくある話や気をつけるべきことを、お施主様や意匠設計者様に発信したいと思います。

当然ですが、よくある話 というのは、初歩の初歩で、「壁量」=耐震壁 から入ります。

長期優良住宅や性能評価も 登場して10年以上経ちましたね。

壁量は、建築基準法でも「軸組計算」として簡単に計算できるようになってますよね。許容応力度計算したものか、はたまた、品確法の仕様規定なのか 選択もできますが、ここでよくある話の回答を言っておきます。

許容応力度計算での2等級 3等級は、通常の「仕様規定」よりも少し上だと思ってください!

これは、本当によくあります。

少し上というのは、 仕様規定が2等級だとしますよね。でもそれだと、許容応力度計算だと、2等級にならないことも多いです。つまり、仕様規定の「3等級」くらいじゃないと厳しいということです。


仕様規定が すでに許容応力度計算よりも「余裕がある」と思っている方も多いかと思います。

それは、まったくの誤解ですし、違います。

仕様規定が構造計算以上だった時代ははるか昔です。

仕様規定でも、現在の金物で施工した家でも ある程度の地震には耐えられるのは事実ですが、熊本地震とか阪神大震災のような低層木造住宅に多大な被害を及ぼすといわれている「キラーパルス」を出すといわれる、断層型地震においては、3等級は無傷だったと言われています。


ともあれ、初歩の初歩からお知らせします。

是非、この点を考えて、計画することをお勧めします。

では、第二回目に続きます。

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骨作らずして、作品を作ったことに非ず [住宅]

当方、意匠設計者のいわゆる補助的な仕事ともいえる木造の構造設計を仕事の「主」としている。

本意としては、構造で役立てた技術を 自分の意匠設計に還元したいと思っている。


しかし、肝心の意匠設計がご無沙汰で、最近はめっきり構造のお仕事で手一杯でもある。


そんな構造の仕事でふと思うことが というよりも 不満に感じることが。

いきなり例えからであるが、以前、東京芸術大学卒の芸術家の方々と閲する機会があり、彼らと接していると、すべて一からが基本で、なにもかも自分で作るというのが見ていてわかる。

当時、建築をやっている自分から見ると、全部自分でやる じゃないので、大変に見えると同時に、芸術とはそういうものと思っていたが、この「すべてじぶんでやる」という意味が 最近 「どうしてなんだろう」と 自分の業界への疑問に転じてくる。


そもそも論、「骨」である構造は 構造設計者 という別部門に「丸投げ」が現状で、いわゆる、建築基準法と施主の意図を具現化する いわゆる「意匠設計者」は、浅く広く 物事を理解すべきなのに、こと構造については、ノータッチに近い。しかし、全員じゃない。詳しい方もいるが、自分の依頼する方の3/5は、構造にこと疎い。

当然であるが、ぜんぜん知ろうとも思わないので、意匠図でも、おかしなことが多い。

構造計画が見えないのだ。つまり、当方で いろいろいうと、設計やり直しとなり、意匠設計の意図が具現化できなくなる。

以前、とある意匠設計者に「構造はあきらめて4号建築で自由に作ったら?」といったことがある。

4号建築とは、低層2階建て程度の木造だと、構造計算までは免除され、意匠設計者の責任の元、設計してかまわないことになっているのだが、(裏は「構造までやっているよね?当然」という意味で、おろそかにしてはいけないはずなんだが) そのルートでやったほうが意匠のやりたいことができるのでは?と真面目に言ったことがある。

意匠設計者はそれでも、いざ 自分が構造が成立していない建物をつくった事が怖くなり、「守った建物にしたい」という人の方が多いが、結局、自分の意匠設計を台無しにしてしまうわけだ。


しかしここで言えることが、「全部自分でやる」なのだ。

もっとも、完全には無理でも、「構造計画」ができる程度はやるべきなのだ。

「構造計画」とは、木造住宅で言えば、耐力壁が満たされているか、4分割法での検討はOKか? 大きな吹抜はないか? ある場合は対策は考えているか? スパンは飛び過ぎていないか? 梁せいが予想できる範疇での天井高さの見込みは大丈夫か? 等だ。梁せいは、木造の場合でもスパンの 1/10 か 上部に耐力壁が載っている大スパンの梁だと 1/8 とかになるとかで ちょっとぐらい見込みを立てるべきなのだ。

でも、できない。普段の仕事だけで手一杯だからだ。

でも、正直、とても必要なことで、あまりにもなおざりになっていると 当方は思うわけで、


「骨作らずして 作品を作ったことに非ず」 


だと思うのだ。

そこができる設計者との実力差が かなり感じられる。意匠設計者には耳が痛い話だが、総じて、バリバリのデザイナー系は 特にそんな傾向を感じる。


一級建築士は デザイナー系 か エンジニア系 かが分かるようにした方が 施主の為かもしれない。

建築は服と同じ [住宅]

昨今、見たい建築を 大阪神戸でセレクトし、実際に行こうと計画しようと、有名建築物をピックアップしていたら、ちょっと前の安藤忠雄作品も取り壊しの憂き目にあっている。

どんな建築家も、取り壊されることを念頭に設計はするわけがないのだが、これらを目にすると、家も建築物も、いわゆる「服」と同じだなあと しみじみ感じてしまう。

無論、服のように、数年 それどころか1年で流行りすたりが起きてしまう程ではないが、10年前は明らかにちょっと古いし、5年前だと新しさが失われる。

遠藤新というフランクロイド・ライトの弟子が作った 旧甲子園ホテルを見ようと思うのだが、あれほどなれば、古さも何もない。残る建築を作るというのは実に大変だなあと感じる。

先日世界遺産になった、国立西洋美術館は、古さも新しさもない、建っている必然性があるような建物だ。そうなると、ずっと残るし、当然、歴史的建築物の数々はそうなっている。

今の時代、そんな服みたいな家を作るしかないのが 現代を生きる我々の宿命だが、それでも残ってほしいと思うのは親心と同じ。でも、人間の血筋 血縁も 時代とともに薄れ、誰の子孫だろうかと思う人間も 未来に行くほど記憶も記録もなくなるのが分かっている。それと きっと建築物も同じなんだろうなあと・・・

ちょっと黄昏る気分である。

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