So-net無料ブログ作成
検索選択
前の3件 | -

骨作らずして、作品を作ったことに非ず [住宅]

当方、意匠設計者のいわゆる補助的な仕事ともいえる木造の構造設計を仕事の「主」としている。

本意としては、構造で役立てた技術を 自分の意匠設計に還元したいと思っている。


しかし、肝心の意匠設計がご無沙汰で、最近はめっきり構造のお仕事で手一杯でもある。


そんな構造の仕事でふと思うことが というよりも 不満に感じることが。

いきなり例えからであるが、以前、東京芸術大学卒の芸術家の方々と閲する機会があり、彼らと接していると、すべて一からが基本で、なにもかも自分で作るというのが見ていてわかる。

当時、建築をやっている自分から見ると、全部自分でやる じゃないので、大変に見えると同時に、芸術とはそういうものと思っていたが、この「すべてじぶんでやる」という意味が 最近 「どうしてなんだろう」と 自分の業界への疑問に転じてくる。


そもそも論、「骨」である構造は 構造設計者 という別部門に「丸投げ」が現状で、いわゆる、建築基準法と施主の意図を具現化する いわゆる「意匠設計者」は、浅く広く 物事を理解すべきなのに、こと構造については、ノータッチに近い。しかし、全員じゃない。詳しい方もいるが、自分の依頼する方の3/5は、構造にこと疎い。

当然であるが、ぜんぜん知ろうとも思わないので、意匠図でも、おかしなことが多い。

構造計画が見えないのだ。つまり、当方で いろいろいうと、設計やり直しとなり、意匠設計の意図が具現化できなくなる。

以前、とある意匠設計者に「構造はあきらめて4号建築で自由に作ったら?」といったことがある。

4号建築とは、低層2階建て程度の木造だと、構造計算までは免除され、意匠設計者の責任の元、設計してかまわないことになっているのだが、(裏は「構造までやっているよね?当然」という意味で、おろそかにしてはいけないはずなんだが) そのルートでやったほうが意匠のやりたいことができるのでは?と真面目に言ったことがある。

意匠設計者はそれでも、いざ 自分が構造が成立していない建物をつくった事が怖くなり、「守った建物にしたい」という人の方が多いが、結局、自分の意匠設計を台無しにしてしまうわけだ。


しかしここで言えることが、「全部自分でやる」なのだ。

もっとも、完全には無理でも、「構造計画」ができる程度はやるべきなのだ。

「構造計画」とは、木造住宅で言えば、耐力壁が満たされているか、4分割法での検討はOKか? 大きな吹抜はないか? ある場合は対策は考えているか? スパンは飛び過ぎていないか? 梁せいが予想できる範疇での天井高さの見込みは大丈夫か? 等だ。梁せいは、木造の場合でもスパンの 1/10 か 上部に耐力壁が載っている大スパンの梁だと 1/8 とかになるとかで ちょっとぐらい見込みを立てるべきなのだ。

でも、できない。普段の仕事だけで手一杯だからだ。

でも、正直、とても必要なことで、あまりにもなおざりになっていると 当方は思うわけで、


「骨作らずして 作品を作ったことに非ず」 


だと思うのだ。

そこができる設計者との実力差が かなり感じられる。意匠設計者には耳が痛い話だが、総じて、バリバリのデザイナー系は 特にそんな傾向を感じる。


一級建築士は デザイナー系 か エンジニア系 かが分かるようにした方が 施主の為かもしれない。

nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:住宅

建築は服と同じ [住宅]

昨今、見たい建築を 大阪神戸でセレクトし、実際に行こうと計画しようと、有名建築物をピックアップしていたら、ちょっと前の安藤忠雄作品も取り壊しの憂き目にあっている。

どんな建築家も、取り壊されることを念頭に設計はするわけがないのだが、これらを目にすると、家も建築物も、いわゆる「服」と同じだなあと しみじみ感じてしまう。

無論、服のように、数年 それどころか1年で流行りすたりが起きてしまう程ではないが、10年前は明らかにちょっと古いし、5年前だと新しさが失われる。

遠藤新というフランクロイド・ライトの弟子が作った 旧甲子園ホテルを見ようと思うのだが、あれほどなれば、古さも何もない。残る建築を作るというのは実に大変だなあと感じる。

先日世界遺産になった、国立西洋美術館は、古さも新しさもない、建っている必然性があるような建物だ。そうなると、ずっと残るし、当然、歴史的建築物の数々はそうなっている。

今の時代、そんな服みたいな家を作るしかないのが 現代を生きる我々の宿命だが、それでも残ってほしいと思うのは親心と同じ。でも、人間の血筋 血縁も 時代とともに薄れ、誰の子孫だろうかと思う人間も 未来に行くほど記憶も記録もなくなるのが分かっている。それと きっと建築物も同じなんだろうなあと・・・

ちょっと黄昏る気分である。

IMG_0029.jpg

IMG_0025.jpg 


nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:住宅

構造設計と意匠設計の認識の差 [住宅]

あけましておめでとうございます。

遅れましたが、ブログ上での今年初めてのご挨拶です。

 

さて、新年早速のテーマですが、それは、構造設計側と  意匠設計側との 「差」について触れたいと思います。

まずは、定義というか 一般的な立ち位置ですが 

意匠=通常の設計事務所で、プランや申請 監理業務を行う側

構造=意匠設計者からの依頼で そのプランに構造設計を施す側

となります。

当然ですが、意匠側の設計が、ある程度、構造設計の考え方やスペックにあってこないと、「構造計算」できません。

ここでいう、「構造設計」とは、「許容応力度設計」の事で、筋交や合板壁の壁量を計算する簡易的な「壁量計算」ではありません。

当方でも多いのですが、意匠設計者側から、依頼のご相談を頂くのですが、「これは成立しません」という案件が 時たま見受けられます。

このブログでの書き込みですべてを語ることはできないし 解決にもならないので、近々に まとめて、当ホームページに掲載しようかと考えております。

それは、「意匠設計者」および「お施主様」を対象とした、「木造低層住宅等の構造設計」のいろは のようなものです。

さて、とはいえ、意匠設計者と構造設計者との間の認識の差は 結局、「依頼を受けられない」ということになってしまいます。

時たま、「こうすればできるんじゃない?」と言ってくる意匠設計者さんもいますが、そもそも、実務で構造やっていない方のご意見は、やはり、夢物語に終わることが多いです。

一点だけ 例を挙げると、「火打梁」が有効 と考え、 吹抜だけど、火打ちがあれば大丈夫ですよね? と言われます。

ですが、2階の床の場合、特に、火打ちだけでは足りない事も多く、大きな勘違いをされています。

こんな例もあるのですが、今後 できるだけ防止できればと考え、ホームページに掲載していきたいと思います。 


nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:住宅
前の3件 | -
メッセージを送る